みずきりょう

<ライター「みずきりょう」のブログ> インド哲学・仏教関連の著作物、エクステリア(住まいの屋外空間)・ガーデン関係の著作物を随時連載していきます。 ご愛読いただければ幸いです。

カテゴリ: エッセー



HEISHEI
・20(ニイマル)、無責任男のスーダラ雑感・・・⑨

 「読めない書けない」でもそんなの関係ねー!


       (少し古いお笑いのギャグ風に・・・)

              


新聞が読めない、日常の計算が出来ない・・・でもそれが世間の常識


 下記の問題の答えは。

1:何と読みますか・・・「絵画」

2:漢字で書いてください・・・けいたい でんわ

3:計算してください・・・2/3+1/2=(    )

4:長崎県は「何地方」にありますか。

 上記の問題に対して何問答えられましたか。

 

 このような質問をしたら・・・。

恐らく「馬鹿にするな!」という答えが返ってくるであろう。大人の読者に、このような質問をすること自体が、失礼に当るからだ。

 こんなことを書いたのは、もちろん問題に答えていただくのが目的ではない。調べたわけではないが、多分小学校の、しかも中・低学年の問題と考えられるからだ。

 ところが、もし「馬鹿にするな」ではなく、真顔で1問しか出来なかった、2問しか出来なかた・・・と言った答えが返ってきたらどうするのか。実は、それが現実となりつつある。小学校で習う漢字が書けない・読めない。通分が出来ない。常識の範囲の地理や歴史が分からない。そんなことが、実際にあちこちで起こっている。

 現実にeggの加盟店でもこのような問題に直面している。スタッフを募集した時、テストというより常識度のチェックと言った意味合いで、上記程度の問題のテストを実際に行った。ところが、「絵画」が読めない、「通分が出来ない」という結果が実際に出たという。

 外見や面接段階では問題は無く、採用しようと経営者は考えていた。しかし、テストの結果はすでに述べたとおり。これでは、図面から材料を拾い出すことが出来ないし、当然見積もりも出来ない。仕方なく断ったと言う次第。

 ところが、このような出来事は決して例外ではなくなってきている。筆者も、仕事柄セミナー等の講師を務めることがよく有る。その際、受講者にテキストの文章を読んでもらうことがよく有る。テキストである以上、もちろん難しい漢字は使われていない。しかし、間違った読み方をすることが日常茶飯事。というより正しく読めないのが当たり前になってきている。

その結果を見ると、新聞は半分程度しか読めないと考えられる。一般の新聞がほぼ読める・・・それが国語力の一つのバロメーターとすれば、20歳代以下の人達の50%はこの段階に達していないのではないか。残念ながら、この判断は多分間違っていない。となれば、若い人達は日本人でありながら、約半分は常識的な日本語が分かっていないということになってしまう。

高校生言葉が悪いとは言わない。言葉自身は生き物で変化することは当然であるからだ。しかし、それしか使えない、仲間以外に意思を伝える能力が無いとなれば、これは深刻な問題だ。

あーあ、恐ろしや、恐ろしや。

「算数」「社会」「理科」に関する問題を出すことは殆ど無いので正確には分からないが、国語だけが例外というわけでは有るまい。

 

最近クイズ番組がもてはやされている。当然、難解な問題が多数出され、見事に解答する高学歴回答者が絶賛される。一方、おバカキャラのタレントが常識問題を解けず、笑いの種となる。テレビ番組の場合はそれで良い。しかし、この2極化が一般人の間にも浸透し、おバカキャラ並みの人口が、若年層になるに従い増加し、過半数を占めつつある。笑うに笑えない現実がそこにある。

以下は、ある若いカップルの会話。

 

彼女「今日、お母さんからからケータイにメールがあったの。携帯に連絡した時はすぐに返事をください・・・だって」

彼氏「それで」

彼女「それがさー。携帯って何のことだか分からなかったの。友達に聞いたらケータイって携帯って書くんだって。漢字なんかあったんだー。でも、ケータイのこと漢字で書く人なんていないよね。まったくお母さんったら古いんだから。話が通じるわけ、ないじゃん」

彼氏「そーだよなー。俺も昨日先生からのメールが読めなくて、大切な連絡をしたのに何故無視したんだと、あとでこっぴどく叱られた」

彼女「どんなメール」

彼氏「これだよ、読んでみろよ。**(名前)、君は昨日の早朝、住宅街で喧嘩罵声を発したそうだな。日曜日に謝りに行くので登校しなさい」

彼女「こんなの、分かんないわねー」

彼氏「そうだろー。**、君は昨日の早朝、住宅街で(せんはな)し(うまごえ)を発したそうだな。日曜日に(しゃ)りに行くので(のぼるこう)しなさい・・・だなんて、何のことだか分からないしなー。先生に聞くのも恥ずかしいしなー」

彼女「そーよねー。大人って変な言葉ばっかり使うんだから。こんなんじゃ、通じるわけ無いじゃん。もっと最近の言葉覚えなきゃー」

彼氏「そうだよなー。まったくいい迷惑だ。ムニャムニャ」

 

 ちょっと極端すぎたかも・・・。

 でも、これに近い現実が目の前に迫っている。

 いいかげんなおっさんでも、「スーダラ、スーダラ、まあええか・・・」とばかり、知らぬふりを決め込むことが出来なくなってきた。意識の問題とか、そのような複雑なことではなく、漢字が分からないから若い人と意思疎通が出来ない。文章での伝達自体が不可能になる。そんな時代が現実にやってきたのだ。

 「ゆとり教育の問題だ」「いや、先生の教え方が悪い」「社会環境の問題だ」・・・など意見は多数あろう。しかし、すべての基本となる「常識的学力」だけはつけておくことの必要性は、誰もが認めるところであろう。

 高学歴化は、小子化に伴いさらに進んでいる。それだけ、大学へ行く比率が高くなっていると言うことだ。しかし、昨今は大学生の中にも、常識的学力を持っていない者がおり、例外的存在ではなくなってきているとも言う。

 我々の身近なところでは、「職人」の世界が良く対象に出される。「職人」は技術者であり、一般的職業以上に「常識的学力」を必要とする。もちろん、図面の字が読めなくては困る。通分が出来なくては困る。三角形の定理を知らなくては困る。面積を求める計算が出来なくては困る。

親方がしっかりした教育をすれば、それなりに育つと言う意見も有る。ただ、そのシステムも崩れつつ有る昨今、事態は深刻化の一途を辿っていることだけは事実だ。

 

 あー、頭が混乱してきた。おっさん達はどう対応すればいいんだ。結局ムニャムニャで済ますしか・・・そうだムニャムムニャ。でもなー。

 

先生に言われて新聞読んだ。見たこと無い字がどっさり、ああこりゃ大変だー

                              (りょう)






HEISHEI
・20(ニイマル)、無責任男のスーダラ雑感・・・⑧

   おーい職人君、良~く無いよね職人君


       (今回は昔懐かしい歌謡曲風に・・・)

              

「物作り」の心をうけつぐ「職人」をどうすれば育てられるか?


 「物作り」の大切さが叫ばれて久しい。そして、その素晴らしさに気付き「職人の世界」を目指す若い人達も増えてきていると言う。ハイテクブームの中、ローテクの意義を再発見することは、我々の世界に必ず新たな1ページを開いてくれる。

 どのようなソフトや機械が開発され、利便性が増しても、人が、人のため、人手をかけ何かを作る作業が無くなるわけがないし、いつの世にも新たな物作りが求められるからだ。

 ただ、建築や住宅、そしてエクステリア・ガーデンの世界においては、そのような社会現象が他人事のように思え、一向に実感がわかない。

 

 つい先日の、定例的な仲間の集まりが東京であった。

 この地域の集まりは、筆者が大阪へ帰るのに遅い便を手配しているため、会合後いつも2時間ほど時間の余裕が出来る。勝手にそうしているのだが、東京に集まってくる仲間は極めて付き合いが良く、たいていは近くの居酒屋でチョイト一杯・・・と言うことになる。


 おっさん主体の呑み会で、ぐだぐだと馬鹿話をするだけだが、どうしても良く話題になるのが、エクステリア・ガーデンの職人不足、高齢化、そして質の低下、と言った話題。

 業界の現状は、読者が一番良く知るところだが、他の世界はいざ知らず、建築や住宅関連の世界では、職人不足の危機感は増すばかりで、一向に解決の兆しは見えてこない。おっさん達に酒が入ると、ついこの現実への愚痴が出、何が原因でどうすれば良いのかと言う、不毛とも思える議論が始まる。

 だが、酔っ払いの馬鹿話とはいえ、当人達はきわめて真剣。アルコールのせいで少しピンボケの頭では有るが、情けない、いやそんなことを言っている場合ではない、このようにすれば解決策も見えてくるはずだ・・・云々と様々な意見が飛び交う。

 

 だが、冷静に考えると、建築系の職人不足と、レベルの低下の原因は、むしろ彼等を雇う業界・企業・経営者側の責任のほうが大きいようだ。あからさまに言えば、待遇が悪すぎる、面白い仕事が殆ど無い、社会的地位がどんどん低くなってきている・・・と言った環境作ってしまったからだ。これでは、能力の有る人、若くて希望を持って仕事をする人など、集まるはずが無い。

 現に、エクステリアやガーデンの世界を見ても、主力の仕事をこなす「左官」「ブロック」の職人に殆ど40台以下の人は見当たらない。たまに、若者を見つけてもとても職人といえる技術と、マナー・プライドを持つレベルではない。

 

 ただ、ここで職人不足云々の話の前に、もっと根本的なミステリーが存在する。我々が従事している世界の仕事は「外構・ガーデン」をベースとしている。要するに現代の住宅の門、塀、庭を作るわけだ。確かに、「左官」「ブロック」はそれを作る技術の基本では有るが、その範囲は全体の60%程度であろう。現場にもよるが、残りの40%は別の関連職人を呼んでこなければならない。

 不思議なことに、この現実に疑問を感じる人達は以外に少ない。

 一昔前までは、造園家・庭師と言った名称で呼ばれた職人がいた。しかし、彼等が従事する仕事は、今の世の中には殆ど無い。芸術家にも近い世界で、全国で何百人単位程度の少人数では、その人達は存続し続けるであろう。しかし、一般職として成立する世界では無い。となれば、我々が住む世界の「外構・ガーデン職人」というものはどこにも存在せず、比較的近い世界の人達をランダムに集めているに過ぎない、ということになる。

 そのこと事態は仕方が無い。それだけ専門職人の育成が遅れているからだ。しかし、その問題に、現代のエクステリア関連の仕事に従事する人達が気が付かず、疑問にも感じていないとすれば、ことは極めて深刻だ!

 もちろん、こんな国は日本だけで、アメリカやヨーロッパには「ガーディナー」と呼ばれる専門職人が存在し、その国に合った庭に関係する仕事を全てこなしている。当たり前のことだ。しかし、日本は自然発生的に育った例外を除けば、これだけ多くの仕事が存在するにもかかわらず、「外構・ガーデン」の専門職人は存在しない。したがって、部分的な能力を持った、従来からの職人を雑多に集め、わいわいがやがやとミスと混乱を重ねながら、現場を消化していく以外に方法が無い。

 こんなことで、効率、質を上げ、職人に良い給料が払えるわけが無い。

 筆者は良くJ-ガーディナー」と言う言葉を使う。もちろん、日本の外構・ガーデンの仕事に合った専門職人のことだ。そして、J-ガーディナー」の育成なくして、外構、ガーデン、エクステリアの世界に未来は無いと考えている。

 また、関係者の意識が向上し、「左官」「ブロック」「造園」などの職人をベースに、その育成に真剣に取り組めば、未来は必ず見えてくると考えている。事実、仲間の店で使っている職人の中でも、少しずつJ-ガーディナー」

に近い職人も出てきている。自然発生ではなく、意識を持って育成に取り組むことが、益々重要になる。

 

 そして、呑み屋の雑踏の中で意味が有るのか、酔っ払いのたわごとであるかは別とし、議論は白熱化する。おっさん達の声は益々大きくなり、もちろん筆者もJ-ガーディナー」育成論を声高にぶ・・・。

 

「良い職人を確保するには、待遇が悪すぎる。これでは有能な人材など集まるはずが無い」

「待遇が悪いと言っても、今でも利益が薄いのに、日当や請負単価をアップするのは難しいのが現実だ」

「いや、職人の質がよくなれば、効率もよくなり待遇改善も可能に・・・」

「仕事以外の意識、意欲が無いと本質的な向上は難しい。例えば、社会や芸術など幅広い世界に興味を示せるキャパを持つとか。でも、そんな人材は殆どいない」

「専門職人の育成は可能だ。意識を持って取り組もう」

「そういや、植木のクレームどうなったかなあ・・・」

「専門職人だ、J-ガーディナー育成だ」

「幅広い意識だ、芸術や社会への関心と感性だ」

「ギャーギャー、ガヤガヤ、スーダラ、スーダラ」

そして突然

「あ、時間だ、最終に間に合わなくなる」

ジ・エンド。

 

 はたして、おっさん達の議論には意味があったのか無かったのか。今後の仕事の発展につながるのか、つながらないのか。見通しは明るいとはいえないが、とにかく「ジ・エンド」。

 こうして、今日が終わり、何となくまた明日が始まる。

 世の中は変えなくてはいけない。しかし、思うようには変わらない。そこに生活の現実がある。くたびれかけたおっさん達。そのパワーダウンは否めない。しかし、パワーダウンは認めながらも、諦めてはいない。そして、そこに人生のドラマが生まれる。

 意味なく時が流れていくようでも、無責任に「スーダラ、スーダラ」と生きているようでも、呑み屋の雑踏の中の不毛の議論のようであっても、ネバーギブアップ!

 

        
ブロック積んで壁塗って、ようやく完成。ちょっと変だがまあいいかー。

                        (りょう)

8:造園職人

造園職人


8:女性職人

女性職人




HEISHEI
・20(ニイマル)、無責任男のスーダラ雑感・・・⑦

「高い」「安い」か、それが問題だ


       (今回は哲学者のつぶやきのように)

              



正規の航空運賃、と実際の料金


 先日、仕事で宮崎に行く機会があった。時、まさに夏休みの真只中。JR、航空会社、旅行社、ホテル、旅館、各エリアの観光地など、観光・レジャーに携わる人達にとっては、まさに書入れ時であろう。

事実、宮崎でもビジネス客と思えるのは筆者ぐらいで、他はすべて観光客風の人達であった。人気の知事さんの音頭とりが功を奏したのか、飛行機もほぼ満席で、市内にも多くの人があふれていた。

それはともかく、驚きは往復の航空料金。通常なら前割り料金が設定されており、1週間ほど前に手配すれば、3万円強で往復できる。しかし、今回は前記の通り夏休みの最盛期。一切の割引がきかない。しかも、正規料金は特殊期間で往復51,400円なり。

宮崎に行く10日ほど前に、同チケットを求めようとしたが、通常より2万円以上の出費。庶民に取り、日帰り2万円以上のプラスαは極めて痛い。でも、「この期間は一切の割引は通用しませんよ」と旅行社担当嬢のつれない言葉。

だが、ここで妙案を思いつく。以前はよく一泊で宮崎を訪れたが、それならANAJALのビジネスパックが使える。もしやと思い、早速JALの「空旅(そらたび)」のパンフレットに目を通す。するとどうだ、予定日は最も料金の安い「A期間」に指定されている。

「しめた」この感動、自画自賛。情けない話だが、まさにその機転に自分を褒めてあげることになった。冷静に考えると、こんなことで自画自賛する小市民的おろかさに情けなくもなるが、ともかくその時点では大喜びしたことは事実。

結果、「空旅」を使った料金は、一泊と朝食代、それに11室のホテル加算料金を含め金26,100円なり。正規料金51,400円-26,100円=25,300円の節約なり。なんと、ほぼ半額になったわけだ。もっとも、そのため用事も無いのに、翌日ほぼ1日がつぶす羽目になったのだが、そんな無駄をコストに換算するほどの聡明さは無い。


13:空旅パンフ


巨大迷路のような価格体系が何故出来る?


 このコラム。宮崎滞在記を書くのが目的ではない。このような出来事を機に「価格」と言うものについて考えてみたかったのだ。ものの値段とは一体何なのだ。宮崎行きのチケットに例をとるなら、51,400円か26,100円のどちらが正しいのか。はたまた、両方とも正しいのか、同間違っているのか。多分、51,400円も26,100円も成立しているということは、「両方とも正しい」が正解となるのであろう。どちらを選ぶかは、ユーザーが選択すること・・・と言ってしまえば、答えはそうならざるを得ない。

にもかかわらず、最近の価格の決め方というものに、何か納得のいかない一面を感じる読者も多いのではないか。

昨今話題の、国民年金や社会保険の納付料金、携帯電話の料金、それに今取り上げている航空運賃、JR運賃など、際たるものだ。そしてこのように考えると、不信感の強いものは、国や有名企業など、最も信頼感の強いはずであるものほど、逆に多いように感じられる。

原因は一体どこにあるのか。多分、最初「儲けよう、儲けよう」という考えが先走り、価格設定を高くしすぎるのであろう。しかし、競争やユーザーの懐具合から、それが通らなくなる。仕方が無く「割引制度」を考え、辻褄を合わそうとする。そして、次第にそれが複雑化し、奇々怪々なる物になってしまい、ひどい場合は当事者自体もその内容が分からなくなり、ミスが後を絶たなくなる。おおよそ、こんなところであろう。

複雑化によるミスの問題は保留するとしても、こんなことが正しい価格設定といえるのか。携帯電話など、もっとひどい場合は、安く見えて実際には安くない、と言ったケースさえある。

正直、大筋は知っているが、筆者には携帯電話の価格形態とカラクリの詳細は分からない。しかし、どのような割引を行おうと、携帯電話の料金は世界で最も高い国であること自体には何の変化も無い。どれだけ、割引を積み重ねようとこの事実は変わらない。

 

このような価格形態。昨今の日本人の悪しき一面を象徴しているように思えてならない。小手先でのごまかしを積み重ね、迷路に入り込み、最悪の場合い会社や制度自体までおかしくしてしまう。多少の割引制度はあってももちろん良いが、基本的には「正規価格」そのものを適切なものにすることを考えれば、それで全て済む。分捕れるところから分捕れといった、せこくて悪質な考え方が底辺にあるから、それができないのだ。

 

 以下は、社長と値段を決める責任者の会話。

責任者「社長、儲かるようにと思い値段を高く付けすぎました。しかし、さっぱり売れません」

社長「そりゃいかん。何か、割引するか、景品をつけるかなど、早急に対策を考えろ」

責任者、徹夜で対策を考え、翌日社長に報告。

責任者「社長、対応策がまとまりました。まず予約割引、ネットからの申し込み割引、***割引制度を作り、PRします。続いて、景品も・・・」

 しばらく効果はあったが、再度低迷。さらなる割引案を責任者が設定。こんなことが数回繰り返される。その後の社長と責任者の会話。

責任者「社長、割引制度が複雑で、各部署からのミスが連発しています。おまけに、政府から価格査証ではないかと、指導が出されました」

社長「バカタレ。もっと社員に的確に説明し、徹底的に指導しろ」

責任者「それが、私自身も良く分からなくなり、説明が出来なくなって・・・」

社長「なに、そんなことで責任が果たせると思うか」

責任者「でも社長、それは良いアイデアだと褒めていただいたじゃありませんか。社長自身も説明に回ってくださいよ」

社長「お前が説明できなくて、どうして俺に説明できる。仕方が無い、今度はごまかしはぐらかすための手を考えろ。スーダラ、スーダラ」

責任者「そうします。誰も内容が分からなければ、文句をつけようがありませんから。スーダラ、スーダラ」

 

 チョット、オチャラケが過ぎたでしょうか。でも、昨今のものの値段を考える時、迷路に入り込み、自らが動けなくなっているような面が、目に付いてならない。そして、このような混乱の中、結局損をするのは、複雑さに最初についていけなくなる、ご高齢の方や、ハンディキャップを持った方達ではないだろうか。このような状況を放置することが、自己責任の問題と言えるか。人に優しい社会だろうか・・・。

 とここまでは良い格好を。でも、筆者もどうすりゃ良いのか、分からない、分からない。仕方ないので適当に、ムニャムニャ・・・。

 

 

     
安売り切符、見つけてにやつく、小市民(でも、それでほんとに得したの?)

                         (りょう)


13:東国原元知事





HEISHEI・20(ニイマル)、無責任男のスーダラ雑感・・・⑥


琵琶湖の水面に浮かぶ、「周航の歌」「哀歌」の謎


    (今回はサスペンスドラマのタイトル風に)


               

「琵琶湖周航の歌」と「琵琶湖哀歌」

「琵琶湖周航の歌」と「琵琶湖哀歌」と言う、2つの歌の存在を御存知であろうか。前者は、加藤登紀子さんが歌いヒットしたため、ある程度年配の方なら知っている人も多いであろう。だが、後者を知る人は殆いないであろう。

筆者は滋賀県の出身だ。そして、40年以上前に「琵琶湖哀歌」の存在を知った。中学生の頃、ギターを弾き始め、その弾語りの教本として手に入れた(買った記憶はない)楽譜・コード付きの文庫本の中に載っていたため「琵琶湖哀歌」を知ることになった。このような状況から考えると、おそらく「琵琶湖哀歌」を知っている人は、滋賀県在住の60歳以上の一部に限定されるのではないか。

ただし、それは「知る人ぞ知る名曲」であることだけは間違いない。

一方、「琵琶湖周航の歌」に関しては、加藤登紀子さんが歌う前から、三高(現・京都大学)の寮歌として歌い継がれ有名であった。当然、以前から筆者も知っていた。

ところが、この「琵琶湖周航の歌」と「琵琶湖哀歌」は何となく謎めいた魅力と、関連性を持っている。今回は、その「謎」に迫ってみることにする。

 

なにはともあれ、まず両者の歌詞の全文を掲載しておく。

 

 「琵琶湖周航の歌」           「琵琶湖哀歌」

われは湖の子 さすらいの        遠くかすむは 彦根城

旅にしあれば しみじみと        波に暮れゆく 竹生島

のぼる狭霧や さざなみの        三井の晩鐘 音と絶えて

志賀の都よ いざさらば         なにすすり泣く 浜千鳥

 

松は緑に 砂白き            瀬田の唐橋 漕ぎぬけて

雄松が里の 乙女子は          夕日の湖に 出で行きし

赤い椿の 森蔭に            雄々しき姿よ 今いずこ

はかない恋に 泣くとかや        ああ青春の 唄のこえ

 

浪のまにまに 漂えば          比良の白雪 溶けるとも

赤い泊火 なつかしみ          風まだ寒き 志賀の浦

行方定めぬ 浪枕            オールそろえて さらばぞと

今日は今津か 長浜か          しぶきに消えし 若人よ

 

瑠璃の花園 珊瑚の島          君は湖の子 かねてより

古い伝えの 竹生島           覚悟は胸の 波まくら

仏の御胸に いだかれて         小松原の 紅椿

ねむれ乙女子 やすらけく        御霊を守れ 湖の上

 

矢の根は 深く埋もれても

夏草しげき 堀のあと

古城にひとり 佇めば

比良も伊吹も 夢のごと

 

西国十番 長命寺

汚れの現世 遠く去りて

語れ我が友 熱き心

 

以上だ。

よく似た言葉が出てくるものだ、と感じられたのではないか。しかし、残念ながら歌詞だけではピンとこない。実は、両者のメロディーが極めてよく似ているのだ。

盗作ではないかとの物議を呼んだこともあるという。

 

ミステリーに挑戦するため、両歌の作詞・作曲の歴史と、テーマを追ってみることにしよう。

まず「琵琶湖周航の歌」だが、大正6年に出来たと言われている。作曲は当時三高在学中の「小口 小太郎」。彼は長野県岡谷市の出身で、後に東京帝国大学(現・東京大学)に進んだ俊才である。しかし、26歳でその生涯を閉じている。

作曲に付いては、長らく謎であった。しかし、その長年の謎が、昭和54年にようやく「吉田 千秋」の「ひつじぐさ」と言う曲が原曲であると判明した。

「吉田 千秋」は新潟県の出身で、現在の東京農業大学に学び、在学中に「ひつじぐさ」を音楽雑誌に発表していたことが判ってる。しかし、彼は若くして肺結核となり、24歳で永眠。

「小口 小太郎」「吉田 千秋」の接点は現在も不明だが、何かの切掛けで「ひつじぐさ」のメロディーを知り、小口がそれに自分の作った歌詞を乗せ歌い「琵琶湖周航の歌」が完成したのであろう。

当時、三高のボート部には、45日の行程で、琵琶湖を1周するという行事があった。大正6年の琵琶湖周航中に、小口が歌詞を作り、「ひつじぐさ」のメロディーで歌ったのが「琵琶湖周航の歌」であったわけだ。歌の内容は、琵琶湖周航と言う旅に小口や友人たちの青春の心情を盛り込んだもの、と言うことになろう。ただし、6番までの歌詞が完成したのは翌大正7年であるらしい。

一方「琵琶湖哀歌」は、昭和16年に作られた。作詞は「奥野 椰子夫」。作曲は「菊池博」。いずれも、作詞作曲者の名鑑にも残るプロの作品である。つまり、「流行歌」としてレコードの発売を意図して作られたもので、「東海林 太郎」「小笠原 美都子」の歌で販売されている。

この年(昭和16年)の46日に、第四高等学校(現・金沢大学)のボート部が、琵琶湖で練習中に、比良山系から吹き降ろす突風にあおられ転覆。11人が命を落とした。この事故をテーマとし「琵琶湖哀歌」が作られたことは明白である。つまり、文字通り青年たちへの哀悼の歌であったわけだ。

実は、筆者は最近、両歌の資料を調べるまで大変な勘違いをしていた。「琵琶湖哀歌」のほうが「琵琶湖周航の歌」より古いと思っていたのである。「琵琶湖哀歌」の歌詞にしても、1番しか知らなかった。このような事情で、「琵琶湖哀歌」を元に、京都大学の学生が「琵琶湖周航の歌」を作ったのだと思い込んでいた。同時に、何となく「琵琶湖哀歌」を上位におくような考えを持っていた。

しかし、事実を調べ、改めて2つの歌の歌詞を並べてみると、「琵琶湖周航の歌」のほうが、奥深いものを感じる。反面、「琵琶湖哀歌」の歌詞にはどこか作為的なものを感じずにいられない。

片方は、気鋭の俊才達ではあるが、素人が作詞・作曲した青春歌。片方は、プロが作った若人への哀悼の歌。時代もテーマも異なる2つの名曲を比較すること自体が邪道かも知れない。しかし、そこは無責任なおっさんのスーダラ評論。社会的影響力など何もないことをよいことに、スーダラ、スーダラ、ムニャムニャ・・・。でも、偽らざる今の感想だ。

 

なお、「琵琶湖哀歌」が「琵琶湖周航の歌」の盗作と考えるのは、やはり間違いであろう。なぜなら、多くの人が知っている京都大学の寮歌を、著名なプロが盗作に利用するわけがないからだ。おそらく、「奥野 椰子夫」と「菊池 博」は「琵琶湖周航の歌」と、その作詞・作曲に対し、かなり深い知識を持っていたのであろう。そしてそれが憧れの気持ちとなり、「琵琶湖哀歌」に「琵琶湖周航の歌」のイメージを投影したのであろう。

さて、2つの歌の歌詞を前にした、あなたのスーダラ評は・・・。

 

熱き情熱、はかなく散った若人達、歌い継がれる青春歌

                                  
                    (りょう)



6:琵琶湖から望む比良山系


琵琶湖から見た比良山系・・・比良山系から吹き降ろす突風が、京大ボート部の事故を引き起こしたと言われている。



6:琵琶湖のインターハイ

琵琶湖では現在も様々なボート部の大会が行われている。



6:琵琶湖周航の歌の歌碑(今津)


「琵琶湖周航の歌」歌碑(今津)



HEISHEI
・20(ニイマル)、無責任男のスーダラ雑感・・・⑤

  うどん食へば、おなかも
          爆腹(ばくふく)、松山城

     (今回のタイトルは正岡子規の俳句風に)

               

愛媛県人の心意気?を見た、特上メガうどん。


 5
14日、全国のEXショップ関係のおっさん7人と、美女1人(としておきます)、そして地元四国(と言ってもその範囲は広いが)の同じ立場の人達6人、合計14人が「HUG GARDEN」のオープン(420日)を記念し、愛媛県四国中央市に結集。同店の店舗見学会を行った後、今後のショップのあり方、エクステリア業界の方向性について、熱い議論が交わされた。

ではその内容は・・・でも、このコラムはなにせ「無責任男のスーダラ雑感」。一切立ち入らない。アシカラズ。

その日、翌日に松山地区のEXショップ・庭園・建築物等の見学を行う8人が、松山市にまで足を伸ばし、かの有名な「道後温泉」に宿泊。懇親の場となる酒食の席で、さらなる素晴らしい夢を語り、意義ある意見が交わされた・・・と言ったことは誰も信じない。

ただ、由緒ある「道後温泉本館」の伝統的木造建築とお湯の素晴らしさだけは、間違いの無い事実であることを付け加えておく。

15日、松山城内に平成5年に新たなコンセプトで作られた「二の丸庭園」を見学。これも、ガーデン・建築の一応プロを辞任するおっさん7人と美女1人にとっては、多くの勉強材料となった。特に、スケールの大きな水の使い方、茶室・水禽屈・本格的木造建築などには、新しい建物ではあるが、注目すべきものがあった。

その時、「でもねー、これはちょっとなー」東京大郊外在住のおっさんが発した一言。道端には、ホームセンター等で大量に販売されている、プラスチック製のプランターに草花が植えられ並べられていた。草花には何の罪も無いが、これでは「ムニャムナヤ、スーダラスーダラ・・・」

次に、7人のおっさんと1人の美女は「萬翠荘」に向かう。この建物は旧松山藩主久松家の15代当主「久松定謨」が、愛媛県庁でも知られる建築家「木子七郎」に設計を依頼し造ったもの。「定謨」は欧米への外遊が多かったというだけあって、「素晴らしい」の一語に尽きる建築物だ。しかし、おっさん達の日頃の行いがよほど悪いのか、改修中ということで、内部はおろか外側まで足場と養生シートにおおわれ、殆ど何も見ることが出来なかった。ブツブツ、ムニャムニャ。

その後、一向は主目的となるEXショップ「SAHOガーデン」さんへ・・・。同店は土木・建築・外構・ガーデンまで、幅広い建設関連業務をこなす「佐保開発」さんが、運営するEX展示場。以前は、「庭案館」FCに所属していたが、現在は独自の展開を行っているとの事。

人相の悪そうなおっさん達の訪問にも関わらず、親切に対応していただき、写真撮影にも応じていただいたことに、改めてお礼を申し上げます。

 

このようにして、やがておっさん7人と美女1人は、四国中央市に戻る形で、昼食のため松山郊外へ・・・。

やがて、ロードサイドの城壁のように立派なくずれ石の土留めを使った「うどん屋」が見えてきた。香川だけではなく、愛媛もうどんがうまい。特にここはお勧めと言う「HUG GARDEN」社長の言葉に従い、一行は揃って入店。

実は、今回のコラムの主役はこの「うどん屋」。意義ある会合、見学を無視し、帰路での昼食がメインとは、何と無責任な・・・。「スーダラ、スーダラ」「それやったら、今までのながーい、前置きはなんやったんや」とむかつく読者?

まあ、あまり物事を理詰めに考えずに次へ。

結論から言えば、少なくともうどん評論家ではないおっさんには、香川のうどんに勝るとも劣らぬうまさであった。

ツヤ、コシ、弾力性、ノドゴシ、いずれをとっても優れている。

同店の売り物は、うどんの味を引き出すため、テンカス・下ろししょうが、が入った「ブッカケタイプ」とのこと。そこで、トッピングの好みに合わせ、それぞれ同タイプのうどんを注文したわけだが、味はすべて合格!

ここで、話は10分程さかのぼる。うどんを注文する前、こういった「うまいもの」は、こだわりを示すため、「何か勿体を付けた出し方をされるのが一般的」。筆者も、筆者を除く6人のおっさんと1人の美女も同じようなことを考えたのであろう。しかも、値段は殆どが1,000円以下で、極めて安い。とならば、定食ではなく単品の場合い量が少ない。そう考えるのが、常識ではないであろうか。

店の作りも、手が込んでおりこだわりを連想させるに固くない。そこで、大半が同じ事を考え、「おおもり」を注文した。

やがて、待つこと約10分。筆者の注文したうどんが一番に運ばれてきた。ガーン。その器。なんと、直径30cmはあろうかと思われる「大どんぶり」。当然中身も巨大。

いったい、サイズ・量の基準とは何であるのか。愛媛県だけが世間の常識を逸脱しているのか。それともこの店だけが例外なのか。大袈裟かも知れないが、世の尺度とはなんであるのか。良識はどこにあるのか。良心的であるのが果たして良識であるのか。はたまた・・・・。

もちろん、他の大盛りを頼んだおっさん達のうどんも同じ。そこは、食い意地が張っているため、ほぼ全員完食したが、これほど旨いうものでありながら、「最低3日間はうどんは食べたくない」と言うのが本音。

筆者が住む大阪基準(そんなものがあるのかどうかは知らないが)では、おそらく小で普通サイズ、並で大盛り、そして大盛りは最近流行の「メガサイズ」以外の何者でもありませんでした。

 

昼食を終え、おっさん7人と美女1人は、解散地である「JR川之江駅」へ。

四国での初会合。今頃振り返るのは遅すぎるかもしれないが、間違いなく有意義な会合であった。そして、7人のおっさんと1人の美女のは、いつか地元の人達が多数仲間となり、定期的に四国に集まる日が来ることを夢に描きながら、それぞれの帰途についた。

           
こら旨い! でもおっさんにゃ、メガモリサイズはきつすぎる。

                                  
                       (りょう)


5:道後温泉・本館

道後温泉「本館」


5:正岡子規

正岡子規

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